その言葉に愛はあるか

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「昔の賢人たちは発しようと
している言葉が、3つの門を
くぐったときに、初めて
その言葉を口にしたのです。
最初の門で、彼らは自問
しました。
『これらの言葉は真実か?』
そうであれば、その言葉は
第二の門へ行くことが
できました。
第二の門で、賢人たちは
聞きました。
『これらの言葉は必要か?』
そうであれば、その言葉は
第3の門へ行き、賢人たちは
そこで、
『これらの言葉に思いやりは
あるか?』と聞きました。
そうであって初めて、
言葉は唇を離れ、世の中に
向かって放たれたのです。」
  

 

(ロビン・シャーマ 弁護士)

                   

 

口下手で人生を失敗する人はいませんが、
饒舌が故に失言で身を滅ぼす人は後を
絶ちません。

まさに、「口は災いの元」という言葉のとおりです。

ところが、失言すれすれのことを口にしているにも
かかわらず、なぜか許される人もいます。

両者は何が違うのでしょうか。

それは、言葉の根底に愛が流れているかどうか、
ということに尽きます。

相手だってバカではありません。

その言葉が、本当に相手のことを思って発せられた
ものかどうかくらい、すぐに分かるものです。

どんなに厳しい言葉を投げかけられた
としても、そこに愛があるなら人は黙って
耳を傾けるものです。

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