古典にすべてが書いてある

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「歴史は繰り返す。
たいていのことは
古典の中にある。
何千年もたっているのに、
人間そのものの根本は
少しも変わっていない。
自分が創意工夫し、
真理を得たと思っているが、
それは大変な錯覚で、
すでに古典に載っていることを
知らないのだ。」

 

(安岡正篤 思想家)

 

千年も前に書かれた古典が、
人々に共感を持って読み継がれるのは
なぜか。

それは、人の心は今も昔も
何も変わっていないからです。

それは、この先どんなに科学技術が
長足の進歩を遂げたとしても、
恐らく変わることはありません。

相変わらず人々は、自分より優れた者に
対して嫉妬深く、油断をして失敗を
繰り返しては、慚愧(ざんき)している
はずです。

しかし、そうした人間の根っこにかかわる
本質部分については、すべて古典に書いてあります。

私たちが直面する問題の多くは、
既に古人が経験していることです。

古典は、歴史や過去の出来事を学ぶためだけに
存在するのではありません。

人間の本質の不易(ふえき)の部分を、
理解するためにこそ古典の存在意義が
あるのです。

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