浪費を楽しむ人

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「浪費するのを楽しんだ時間は、
浪費された時間ではない。」
 

 

  (バートランド・ラッセル 哲学者)

                   

 

大辞林によれば、浪費とは
「金などを無駄に使うこと」
とあります。

つまり、欲望の赴くまま無意識に
垂れ流すお金や時間は、

すべて「浪費」だと考えて
差し支えありません。

 

しかし、たとえ欲望の赴くままであったとしても、
浪費を「意識的」に楽しむとしたら、それは浪費では
ありません。

なぜなら、そこに自らの意図が
介在しているからです。

無意識に浪費しているときには、
主体は「欲望」にあります。

一方、意識的に浪費を楽しんでいるときは、
主体は「自分」にあります。

 

つまり、浪費しているという「自覚がある」
時点で、それは浪費ではないのです。

欲望に乗っ取られている人は、自分が浪費を
していることに気づいていません。

一方、浪費を楽しんでいる人は、自分が浪費を
していることに気づいています。

意識的に楽しんで費やした時間やお金は、
未来の自分を支えてくれる「消費」であり、
「投資」なのです。

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