
「医者は生活の安定を
約束していた。
しかし、僕は画が
描きたかったのだ。」
(手塚治虫 漫画家))
まだ、医学部の学生だった手塚は、
友人のすすめで新聞社に
自分の漫画を売り込みに行きます。
毎日新聞の受付に原稿を届けたものの、
待てど暮らせど返事がありません。
それから3週間後、毎日新聞社に勤めている
女性が、「毎日小学生新聞」の編集長に
引き合わせてくれます。
編集長は、手塚に4コマ漫画を描いて
持参するよう伝えます。
渾身の思いで描き上げた原稿を、
静かにめくる編集長。
ニコリともせず原稿をめくる編集長を、
食い入るように見つめる手塚。
「もうダメか」とあきらめかけたちょうどその時、
編集長の言葉が長い長い沈黙を破ります。
「これ、いいですね。
来年の元日スタートでいきましょう。」
後に「漫画の神様」と呼ばれる手塚治虫の、
これが漫画家としての記念すべき第一歩でした。
やがて、漫画の仕事が頻繁に舞い込むようになると、
手塚はついに医師への道を断念して、
漫画一本で食べていくことを決意するのです。