昔取った杵柄

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「書家の活動を始めて
しばらく経つと、
快適だと思える日々。
居心地のよい暮らし、
ご隠居のような時間の中で、
ぬるま湯に浸かった。
ぬるい、つまり
『やらない具合の心地よさ』
にすっかり浸かって
しまったのだ。
書家を始めたときの
勢いが徐々に弱まり、
慣れてくる日々、
甘えていく。
頑張ったんだから
休んだっていいんだ
と正当化。
何もやらないから
目の前には壁も現れない。
この快適ゾーンが、
それが『幸せ』で『楽しい』
と思ってみた。
だけど身体のどこかが、
これじゃあダメだと
訴えかける。」

 

(紫舟 書家)

 

時代劇などを見ていると、
かつて剣の達人として鳴らした
ご老人が「昔取った杵柄」
とばかりに、バッタバッタと
若武者を斬り伏せるシーンが
出てきます。

ハッキリ言って、子どもだましの
茶番劇もいいところです。

現在も真剣に道場で稽古しているなら
いざ知らず、「昔取った杵柄」
バリバリの現役剣士に通用するはずが
ないのです。

たとえば引退して年老いた元五輪王者が、
現全日本チャンピオンと試合して勝てる
はずがないのと同じ理屈です。

いかな達人といえども、
日々鍛錬し続けなければ
確実に技量が衰えます。

ところがこと仕事のこととなると、
そんな当たり前のことを忘れる
人が続出します。

経験年数を自分の実力と勘違いし、
自己研鑽を怠ってしまうのです。

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