自分の正しさを疑う力

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「自分の考えていることは、
もしかしたら半分しか
正しくないかもしれない、
というような疑いを常に持つのが
『現実主義者』です。
自分が絶対に正しいと
思い出したら、それは宗教なのね。」

 

(塩野七生 小説家)

自分の価値観が「絶対」であると信じて、
他人にあれことれと難癖を付けたがる
人がいます。

とはいえ、彼らに「悪意」は毛頭ありません。

彼らの行動は、あくまで隣人の間違いを
正そうとする
「善意」に基づいているのです。

こうした個人レベルの諍(いさか)いを、
民族レベルにまで拡大していくと、
「宗教戦争」にまでたどり着きます。

言うまでも無く、宗教戦争も他人を傷つけようとする
「悪意」に端を発しているわけではありません。

「隣人」の道を正そうとする「善意」が
高じた結果、殺し合いに発展しているのです。

お互いに「自分は正しい」と信じ込んでいるからこそ、
宗教戦争はかくも根深いのです。

そのくらい、私たちは「自分の間違い」に
気づくことが
難しいということです。

「自分は間違っているかもしれない」
という視点を堅持できる人は、
かなりの知性の持ち主と言えます。

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