孤独を怖がる人々

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「人間の社交本能も、
その根本は
何も直接的な本能ではない。
つまり、社交を愛するから
ではなく、
孤独が恐ろしいからである。」

 

(ショーペンハウアー 哲学者)

 

いみじくも、ヒトを人間と呼ぶように、
私たちは世間の中でしか生きられない
社会的な生き物であると言えます。

しかし、昨今のSNS大流行に見られる
過度の「つながりたい欲求の裏には、
もっと本質的な孤独への怖れが垣間見えてなりません。

ここで言う「孤独」とは何か。

それは、何もすることがない「空白の時間」
のことです。

人は、何もすることがないときに、
必然的に「自分自身」と向き合わざるを得ません。

犯罪者を独房に閉じ込めるという刑罰が
残酷なのは、

受刑者を内奥の孤独へと
強制的に追いやってしまう点です。

休日のスケジュールを、
何かに追い立てられるように埋めていく人
も孤独を怖れています。

そうして孤独を怖れる者同士が、
群れて傷をなめ合ってみたところで、
帰宅後にはまた孤独と向き合う時間が
やってくるのです。

寂しがり屋同士で群れるのは、
何ら本質的な解決ではありません。

実は「孤独への怖れ」は、
もっと「自分とつながりなさい」という
本質的なサインに他ならないのです。

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