幸福の反対は退屈

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「愛の反対は無関心で、
幸福の反対は退屈です。」

 

(ティモシー・フェリス 投資家)

 

マザー・テレサは、
「愛の反対は無関心である」
という言葉を残しました。

相手への「憎しみ」の感情が起こるのは、
「愛情」の裏返しです。

相手への幾ばくかの期待があるからこそ、
それが「憎しみ」となって現れてしまう
のです。

同様に、「幸福の反対は不幸」では
ありません。

なぜなら、「幸福」「不幸」の区別は
曖昧であり、ある人にとっては「幸福」
できごとでも、別の人には「不幸」なできごとに
なることもあるからです。

何が「幸福」で、何が「不幸」であるかは、
その人の心が決めるのであり、客観的な指標
というものはどこにも存在しないのです。

しかし、「幸福」の反対の概念が存在する
とすれば、
それは「退屈」に他なりません。

「退屈」とは、「何もすることがなく暇を
持て余す状態」
のことです。

すなわち、「誰からも必要とされない」
「活躍の場も与えられない」
「生きがいも感じられない」状態を、
「退屈」と呼ぶのです。

確かに、「退屈」であれば、
取り立てて何も起こらないのだから、
「不幸」に見舞われることもありません。

しかし、だからといって「幸福」であるとは
言えないのです。

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