一身独立

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「私たち一人一人が
改善していかなければ、
素晴らしい社会の建設など
不可能なのです。
おのおのが人生を切り拓き
ながらも、同時に社会の
役に立っていなければ
なりません。
人々の力になること、
これは人類の共通の義務
なのです。」

 

(キュリー夫人 物理学者)

 

福沢諭吉は、「一身独立して一国独立す」
という言葉を残しました。

「国民一人一人が独立の気概を
抱かなければ、真の独立国家はほど遠い」
という意味です。

すなわち、人生を「自己責任」
生きている人の割合が増えていかない限り、
いつまで経っても「従属国家」のまま、
というわけです。

巷に、社会運動家と呼ばれる人がいます。

「国民1人1人の幸福な人生は、
理想的な社会の建設にある」
という高邁な理想を掲げて、
その実現に邁進する人たちです。

しかし、逆もまた真なりで、
「理想的な社会の建設は、
国民1人1人の幸福な人生の
確立にある」という理屈も
成り立ちます。

つまり、「個人の改革」という視点が
欠落したままでは、「社会の変革」など
絵に描いた餅も同じことです。

「社会になんとかしてもらおう」と
考える「従属的」な国民が減らない限り、
福沢諭吉が唱えた「一身独立」など
夢のまた夢なのです。

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