非ロジカル・シンキング

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「私たちの動機の多くは、
大人の論理などではなく、
子ども時代のそれそのまま
です。」

 

(カズオ・イシグロ 小説家)

 

今、巷(ちまた)では
ロジカル・シンキング(論理的思考)が、
しきりにもてはやされています。

ロジカル・シンキングの有用性については、
とやかく言う必要も無いほど自明のことです。

仕事で役に立つと思えばこそ、人々がこぞって
ロジカル・シンキングを習得しようと躍起になる
のです。

では、ロジカル・シンキングが万能かというと
そうではないようです。

確かに、ロジカル・シンキングは筋道立てて誰かを
説得するときには、かなり役に立つツール(道具)です。

しかし、人生の岐路に立たされたときに、
物事の成否を見極めるときには、はなはだ
心許(こころもと)ないツール(道具)と言えます。

なぜなら、私たちがロジカルを組み立てるとき、
その拠り所とするのは「過去の常識」だからです。

これから私たちが直面する「未来」において、
「過去の常識」が必ずしも正しいとは限らないのです。

最後の最後に私たちの背中を押すのは、
ロジカルな「正しさ」ではなく、
子どもっぽい「好き嫌い」という感情なのです。

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