勉強する意味

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「僕が好きな太宰治が
言ってたんですけど、
『勉強すること自体は
重要じゃない』と。
でも勉強に没頭すること
で『知』というすごく
小さな砂金が残って
それが一生残るんだと。」

 

(亀田誠治 ベーシスト)

 

村上春樹の小説「ノルウェイの森」の中で、
主人公のワタナベが「英語の仮定法現在と
仮定法の過去の違いを説明できることが、
日常生活でどのように役に立つか」
と聞かれ、次のように答えるくだりがあります。

「日常生活の中で何かの役に立つと
いうことはあまりないね」

「でも具体的に何かの役に立つと
いうよりは、そういうのは物事を
より系統的に捉えるための訓練に
なるんだと僕は思ってるけれど」

またエッカーマンの「ゲーテとの対話」
の中にも、次のような一節が出てきます。

「語学上でも歴史上のことでも、
特殊なものを理解するには、
一般に学校や大学等において
初めて得られる学問的な知識と
教養とが必要であることに気づいた」

「いわゆる古典的教養なくしては
いかなる詩人も自分の言語を巧みに
力強く運用できず、また内容と思想と
において、優れたものを作ることが
できない」

まさに太宰が言うように、勉強そのものが
大事なのではなく、「知」の砂金を内面に
蓄えていくことにこそ意味があるのです。

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コメント

  1. きりりん より:

    知の砂金…なんで素敵な言葉でしょう。しかもそれを内面に蓄えるなんて。生きる意味の一つに加えたい言葉です。ありがとうございます。

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