無知の知

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「勉強することとは、
自分の無知を徐々に
発見していくことである。」

 

(ウィル・デュラント ピューリッツァー賞受賞者)

 

学生時代に自分が得意だった教科を
大人になってまた学び直してみるのは、
面白い経験です。

初めのうちは忘れていることも多く、
なかなか思うように得点できませんが、
次第に勘を取り戻してきます。

子ども時代に得意だった分野には、
生来の才能が備わっているので当然です。

ところが、学び続けていくと、次第に
「自分はまだ本当に分かっていない」
という事実に気づかされるのです。

たとえば、1冊の本を読んで「分かった」
と思ったとします。

しかし、他の人の書評を読んだり、
誰かと意見を交換したり、自分で2度3度と
繰り返し読み返していくと、
「実は全然分かっていなかった」
ことに気づかされ愕然とします。

このように、自分は「分かっていない」
という事実に気づくことが、知の入り口
への第一歩です。

これをソクラテスは「無知の知」と呼びました。

さらに学び続けていくと、次のような事実に
気づかされます。

「このまま学び続けたとしても、
死ぬまで分からないことだらけだろう」と。

結局、人は生涯あてどもない学びの旅を続けて
いくために、生まれてきたのかもしれません。

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