可能性がなければやめていい

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「『けっして途中で
やめてはいけない』
このアドバイスは的外れも
いいところだ。
流行遅れの商品を販売中止に
するのは悪いこと?
アドバイスをくれた人は
こう言いたかったのだと思う。
『長い目で見て大きな可能性が
あるなら、今の辛さに耐えかねて
ここで諦めてはいけない』と。」

 

(セス・ゴーディン 経営コンサルタント)

 

子どもが習い事をやめることに、
反対する親がいます。

その親の言い分としては、
「せっかく始めたのだから、
モノになるまで続けなさい」
ということらしいのです。

しかし、子どもは
(自分の能力では)モノにはならない」
と気づいているからこそ、
やめたいと考えるのです。

ところが子どもと親では力関係的に
親の方が勝っているので、
子どもはイヤイヤながらも
習い事を続けることになります。

これを精神的な拷問と呼ばずして、
いったい何と呼べばいいのでしょう。

子どもに習い事を強制する親というのは、
自分の人生においてもイヤなことを我慢するのが
習い性になっています。

子どもはそんな親の辛そうな姿を見ていて、
「ああはなりたくない」と思っているのに、
無理やり親の敷いたレールの上を歩かされるのです。

その子が10年後親になると、
同じことを子どもに要求するようになり、
延々と悲劇が繰り返されていくのです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す