人生とは「仮説→検証」の 繰り返し

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「ユダヤ人たちは、もともと
誰かが正しい答えを知っている
という前提に立っていない。
すべては仮説に過ぎないのだから。」

 

(大前研一 経営コンサルタント)

                   

 

学校の勉強が社会に出て役に立たない
言われるのは、社会に出たら
「模範解答の存在しない応用問題」
の連続だからです。

模範解答を律儀に暗記することで、
高得点を重ねてきた優等生では、
世の荒波を超えていくことはできません。

もちろん、だから学校の勉強が役に立たないと
切り捨ててしまうのは、実に浅はかなことです。

正しくは、「役に立てられる人」
「役に立てられない人」がいるだけの話です。

学校の勉強の知識自体は、確かに社会に出たら
「無用の長物」と化すかもしれません。

しかし、問い」に対するアプローチの本質は、
人生の大きな助けになります。

たとえば、「国語力」がなければ、
プレゼン、論述等の仕事はもはや絶望的です。

また、「算数・数学」の応用問題に取り組む姿勢は、
そのまま人生の課題に向き合う姿と重なります。

もちろん、ただ「演繹的(えんえきてき)
ルールを当てはめれば解けるほど、
人生の応用問題は甘くありません。

仮説を立てて「帰納的(きのうてき)
ルールを導き出して行くのが、
社会に出た後の勉強のやり方なのです。

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