パターン学習の弊害

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「定石は相手が定石通り
に打ってくれれば互角になる。
が、相手がそのとおり
打ってくれるとは限らない。
定石なんか知らない人は、
平気で定石にない手を
打ってくる。
強い人は相手を混乱させる
ためにわざと定石外しの手
を打つことがある。
要するに“自分流”を
持っていないから、
“応用”がきかないので
ある。」

 

(藤沢秀行 棋士)

 

実際に警察官の方から、伺ったお話です。

彼によると「警察官で柔道や剣道を
修めた者でも、凶器を持って暴れる
犯人を取り押さえるときは、
複数で当たります。
まして精神が振り切れて、
殺意をもって襲ってくる相手は
とんでもない力を発揮するものです。」
ということでした。

確かに柔道や剣道、空手道を修めた人は、
それなりの強さを発揮します。

しかし、それは道場やリング上の
ルール
ありの戦いに限定された
強さです。

いつ何時不意討ちを食わされるか
分からず、

凶器をどこに隠し持っているか
分からず、

敵が何人いるか分からない
本当の実戦において、

ルールに縛られた強さは
逆に手枷・足枷
になるかも
しれません。

だからブルース・リーは自分が修めた
古流中国武術の限界を悟り、
ボクシングやフェンシングなど
西洋武術を研究し、
流派の枠にとらわれない
自由な発想の武術を創始したのです。

私たちは常識に縛られるために
定石を学ぶのではなく、
常識を超えていくためにこそ
定石を学ぶ必要があるのです。

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