
「『叱る』と『誉める』
というのは同意語だ。
情熱や愛情が無いと、
叱ってもただ怒られる
というとらえ方をする。」
(野村克也 元プロ野球選手)
「叱ること」と「怒ること」は、
似て非なるものです。
前者には、1%以上の愛情がこもっており、
後者には、それがありません。
要は、相手の成長を願うのが「叱る」
という行為であるのに対し、
ただ感情をぶつけているだけなのが「怒る」
という行為です。
怒られるのはともかくとして、叱られなくなったら
終わりです。
なぜなら、「叱る」と「誉める」は、
どちらも、相手の成長を思って発せられる
行為だからです。
「こいつには見込みがある」と思えばこそ、
人は叱るのです。
「こいつには何を言ってもダメだ」と
さじを投げられたら、叱ってもらえなくなります。
叱るという行為には、かなりのエネルギーを要します。
しかも、「相手から嫌われる」というリスクもあるのです。
やはり、それなりの相手でなければ叱る気にもなれないのが、
人情というものです。